譯自・2015/07/11本芝大教會長白木原嘉彦FB
至少實踐為他人設想之事
翻譯者黃登洲
這個夏天,電力的穩定供給大概也是個問題吧?電力供給有可能不足的問題,對我們的生活方式而言,實在是提起了一個充滿暗示的問題。
由常時所累積之高層次經濟生活的習慣,我們認為只要付費,就可以得到任何的東西;然而如同電力,若我們所能使用的量有上限,即使有錢亦無法簡單的解決,倒不如說在大家共同生活當中,若無自發性的為他人設想之心的話是無法解決,且將形成無法使其恩惠普及至全部的人們。
生活富裕是值得感謝的事,然而我想必須認知富裕中也有陷阱。缺乏物質時代之理所當然的分享及互助,隨著經濟成長而消失,且在充滿物質,生活方便的社會中,我們更是有過著「獨善其身」之生活方式的趨向。當然,自立地過著豐富的人生是很好的事情,然而當想到是在與他人時常的人際關係中,共同生存一事時,對於教祖所教導的「慎行(節制)的生活方式」,我感到有非常大的魅力。教祖告訴我們,「要愛惜東西,廢物利用。一切皆是神賜之物。」(天理教稿本教祖傳逸話篇138)。
若是今年亦有電力供給之問題的話,如何的節約、分配,才能將電力傳送給每一個人(當然這或許是電力公司必須思考的問題),一同的渡過炎熱的夏天,對於為他人設想一事,我想至少去實踐自己能作的事情。
≪せめて 他者のために 出来ることを≫
この夏も電力の安定供給が問題となるのでしょうか?電気の供給に不足が生じるかもしれないという問題は、私たちの生き方に、実に示唆に富んだ問題を提起しています。
私たちは長い間経験して来た高度経済生活の習慣から、お金を支払えば何でも手に入れることが出来ると考えてきましたが、電力のように私たちが使える量に限りがあれば、お金の問題だけでは簡単に解決しない、むしろ、みんなが共に生きていく上で、他者を気遣う心を自発的に用いていかなければ解決できず、総ての人たちにその恩恵が行き届かないことになります。
豊かになることは有難いことですが、豊かさには落とし穴があることを認識しなければならないと思います。物が乏しい時代には当たり前だった分かち合いや扶け合いは、経済成長と共に失われ、物に溢れ便利になった社会の中で、私たちはますます“独りよがり”の生き方をする傾向にあります。勿論、自立して豊かな人生を送ることは結構なことですが、人間は文字通り「間柄の存在」。常に他者との関わりのなかで共に生かされ生きていることを考えるとき、私は大いに教祖から仰せ頂いた「慎みのライフスタイル」に魅力を感じるのです。教祖は「物を大切にしなされや。生かして使いなされや。すべてが、神様からのお与えものやで」(天理教稿本教祖伝逸話篇138)とお話し下されています。
今年も電力の供給に問題が生じるのなら、それをどのように節約・分配すれば総ての人たちに電力が届けられるか(勿論、これは電力会社の考えることかもしれませんが)、共に夏の猛暑を乗り切る上で、せめて他者への気配りとして自分に出来ることを実践していきたいものです。20150711
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